今回は独断と偏見で選んだ歌枕の地を、詠まれた代表的な歌も交えながら紹介します。出掛ける前に知っておくと、旅行がもっと楽しくなること間違いなし!
象潟(秋田県)
象潟や 雨に西施が ねぶの花
松尾芭蕉
現在は陸地となっていますが、かつては入り江に島々が浮かぶ多島美の景観がありました。今でもその名残を見てとることができます。
松尾芭蕉は、宮城県にある松島とは似ているようで異なるとした上で以下のように綴っています。
松島は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし。寂しさに悲しみをくはえて、地勢魂をなやますに似たり。
松尾芭蕉『奥の細道』
白山(石川県)
きみがゆく 越の白山 知らねども ゆきのまにまに 跡はたづねん
『古今和歌集』、藤原兼輔
白山は周囲で雪解けが進み初夏の陽気となってもなお雪を残し、遠くからでもすぐに見つけることができます。富士山、立山、白山の3つは日本三名山、日本三霊山と呼ばれます。
写真は新緑の白川郷とその奥にそびえる残雪の白山です。
筑波山(茨城県)
つくばねの 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる
陽成院
筑波山の標高は877mと決して高い山ではありませんが、広大な関東平野にあるため遠くからでもその姿を確認することができ、東京スカイツリーからも見ることができます。
登山も人気ですが、ロープウェイかケーブルカーでも登ることができます。山頂から見下ろす関東平野は絶景です。
筑波嶺は『古事記』や『風土記』にもその名前が見られます。
田子の浦(静岡県)
田子の浦に うち出でて 見れば白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
『新古今和歌集』、山部赤人
百人一首にも収録されている有名な歌です。冬の澄んだ空に富士山に積もった雪が白く輝く光景は、何度見ても飽きません。
この歌が詠まれた当時、田子の浦は薩埵峠や由比のあたりまで含む広い地域を表していたようです。
天橋立(京都府)
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立
小式部内侍
小式部内侍が歌合に招かれた際、中納言定頼に和泉式部(小式部内侍の母)の作品は届いたかと嫌味を言われますが、その時即興で詠んだ歌として広く知られています。
ちなみに大江山も、丹波(京都市)の歌枕です。
この写真は砂州の南側にある天橋立ビューランドから撮ったものになります。天橋立は、宮島、松島と並んで日本三景の1つです。
飛鳥川(奈良県)
飛鳥川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 想ほえむかも
『万葉集』、作者不詳
現代語訳すると、「明日も私はこの石橋を渡り、あなたのもとへ向かうでしょう。その想いはこの石橋のように離れず、あなたの心の傍にあるのです」となります。写真の飛び石は奈良県明日香村にあります。
よのなかは なにか常なる あすか川 きのふの淵ぞ けふは瀬となる
『古今和歌集』、よみ人しらず
無常感を表した歌です。このように飛鳥川の水流の変化に世の無常感を重ねるのが中世以降定着していったようです。
初瀬(奈良県)
憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを
『千載和歌集』、源俊頼
百人一首にも選ばれた有名な歌です。「祈れども逢わざる恋」の題で詠まれた歌で、大和国にある初瀬の長谷寺に祈ったけれども相手は益々冷たくなるばかり、そんな心情が詠まれています。
写真は奈良県桜井市初瀬町にある長谷寺で、十一面観音がまつられています。平安時代には観音信仰の中心地となり、紫式部・紀貫之・松尾芭蕉など多くの文人も長谷寺を訪れました。本堂まで続く長い登廊も見所の一つです。
三輪山(奈良県)
三輪山を しかも隠すか 雲だにも 心あらなむ 隠さふべしや
『万葉集』、額田王
額田王が近江国に下る時に詠んだ歌で、旅立つ前に三輪山を見たいのに、せめて雲だけには心があってほしい、という故郷への想いが感じられます。
三輪山は山自体が大神神社のご神体となっています。大神神社は日本最古の神社と言われ、明治時代には官幣大社となりました。
淡路島(兵庫県)
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守
『金葉和歌集』、源兼昌
淡路島は本州と四国を結ぶ重要な役割を果たしています。あわじ花さじきは、四季折々の花が咲き、島随一の観光スポットとなっています。
須磨の関は、播磨と摂津の間の関所を指しています。
松浦潟(佐賀県)
誰としも 知らぬ別れの かなしきは 松浦の沖を 出づる舟人
『新古今和歌集』、藤原隆信
大陸に向けて唐津湾を出発する舟人を見ると、誰かは分からないけれど悲しい気持ちになる、という意味の歌です。
写真は鏡山から見た景色で、唐津湾と松原の絶景が広がります。この松原は「虹の松原」と言い、静岡県の「三保の松原」、福井県の「気比の松原」と並んで日本三大松原の一つです。長さが8km(二里)であることから「二里の松原」と呼ばれ、やがて「虹の松原」と言われるようになったそうです。
まとめ
かつて松尾芭蕉がそうしたように、漂泊の思いがやまなくなったら歌枕の地を訪ねて周ってみるのも面白いかもしれません。
旅行をより楽しむ秘訣は、沢山のお金を持っていくことよりも、自分の中に知識や教養を持っておくことだと思います。きっと、長年詠み継がれてきた名歌を口ずさみながら見る光景は素敵なものに違いありません。